振り返ってみると、物心ついて間もない頃から、自分の記憶には映像があり、また、人生の要所要所には、常に映像にまつわる思い出があります。そう考えると、正に自分の人生と切っても切り離せないものが映像だったんだなぁと、ここへ来て、しみじみ感じます。という訳で、せっかくブログをやっているし、また今年は「40」という節目の年でもあるので、映像にまつわる回想録を何回かに分けて書いておきたいと思います。悪しからず。
私の映像との出会いの原体験の一つは、まだ小学校低学年だった頃、父親に手を引かれ大きな街の映画館に見に行った「スターウォーズ」。まだ幼い自分には話の内容は難しすぎて理解はできなかったけれど、ロボットや宇宙人などの魅惑的なキャラター、大迫力の宇宙戦闘シーンなど、作品全体から溢れ出る映像マジックに、完全に魅せられていました。今にして思えば、この時父が私をこの映画に連れて行ったのが運の尽きだったのかもしれません。(笑)
それからテレビ。私は当時俗に言われた“テレビっ子”でした。よく両親に叱られたと思いますが「こんな面白いものやめられない」とめげずに見ていました。我ながらたいしたものだなぁと思うのが、当時の私の頭の中には、一週間のテレビ欄がほぼ全て入っていて、例えば母親に「月曜、夜8時、10チャン」と言われると、瞬時に番組名が出てくるほどでした。自らが親になり、子どもにテレビの見過ぎを叱る必要に迫られると、少々気後れしてしまうのはそのせいです。ただ、これは今こうして映像を生業にしているから言えるのですが、テレビをたくさん見ていた事で無意識のうちに映像の“いろは”の様なものが蓄積されていったのかもしれないと思っています。
そんな私が、将来の目標として映画制作に関わりたいと、本気で映像(映画)に目覚めたきっかけがありました。忘れもしない、それは中学生のある日、いつもの様に学校から帰宅し、何気なくテレビを見始めるとやっていた「午後のロードショー」でした。家事を終え一段落した主婦に向けにやっていたであろう、主に過去の名作映画ばかりを放映する番組です。その日にやっていたのは、1950年代、アメリカのミュージカル映画の代表作、ジーン・ケリー主演の「パリのアメリカ人」でした。
何気なく見始めたのですが、気がつくと完全に引き込まれていました。当時の私は、世のご多聞に漏れず、思春期の荒波に揉まれ、やれ人間関係の事やら、家族との事やら、今後の人生の事やらと様々なことに思い煩っていました。そんな私が、この映画を見ている一時、思い悩んでいた一切合切を忘れ、純粋に「幸せ」と思えたのでした。映画を見終わった時に、心の中で、「これだ!」と思いました。自分が目指す道がはっきり決まった瞬間でした。人がどんなに思い煩っていても、どんなに辛くても、そんな心に幸せな気持ちや希望をもたらす事ができるもの、それが映画なんだと、強く実感したのでした。
以来、興味の対象がテレビから映画に移り、貪る様に映画を見て、ますますその魅力にはまっていき、遂には高校生の時、卒業後は大学で映画制作を学びたいと、アメリカ留学を決意したのです。(次へ続く)
